昔ながらの手前みそを、
時代に合わせて
蔵元 桝塚味噌 四代目 野田好成
食の世界に広く興味があった野田好成さんは、大学を卒業後、食品流通業界に身を置き、後に友人と飲食店の立ち上げを経て、愛知で90年続く家業「蔵元 桝塚味噌」の四代目となります。みその生産者の立場でありながら、食にまつわる様々な世界を見てきた野田さんは「手前みそのススメ」など独自の活動を展開するようになり、次なる挑戦として、食体験を仕込みから愉しむことをコンセプトとした「otemae」をスタート。

蔵元 桝塚味噌とotemaeの二つの立場にまたがる野田さんに、みその現状やコラボいただいた職人さんについても合わせてお話を伺いました。

撮影 : 小暮和音 ( CONTRAST
聞き手・編集 : 山本恭輔 ( otemae )

じっくり熟成されたみそはあまり全国に流通しない

──みそ屋さんって、いま全国にどのくらいあるのですか?

野田 : 1000軒ちょっとですね。半数以上が従業員数名程度の家族経営で、地元を中心に展開しているような所がほとんどだと思います。

ただ、規模の小さいところは減少傾向にあります。例えば私の地元の愛知県は、みその生産量が日本で二番目なのですが、私の祖父の時代には200軒ほどあったみそ蔵が、いまは30〜40軒程度にまで減っています。

日本人のみそを食べる習慣も昔よりは薄れてきていることもあって、地元だけでやっていくのは年々厳しくなっていて。とはいえ、家族経営の規模だと、全国に流通させられるレベルの設備を整えるのもあまり現実的ではないんです。

──みそで有名な愛知ですら、かなりの減少傾向なんですね。もう歯止めが利かない感じですか?

野田 : いえ、それはそうとも限りません。全国のスーパーなどに商品を並べられる生産者は大手など本当にひと握りなんですが、最近の一般的なみそって、あまり発酵・熟成の時間を取らず、ごく短期間で作られているんですよね。

一方、昔ながらの製法で仕込むみそは、半年や一年、場合によってはそれ以上の時間をかけてじっくり発酵・熟成をさせて、深みのある味わいのみそに仕上げていきます。どちらが良いということではなく、違いを活かしてうまく棲み分けていける部分はあるのかなと思います。

──なるほど。でもだとすると、しっかり熟成されたみそを口にした経験がない人もかなりいるのかもしれないですね。

野田 : それは全然ありますよね。多くの飲食店で使われているみそも同様なので、それを基準に人々の常識が作られてしまうのは悲しいなと常々思っています。

蔵元 桝塚味噌 四代目 野田好成

──野田さんが四代目を務める、蔵元 桝塚味噌さんについて教えてください。

野田 : 桝塚味噌は、愛知県豊田市で90年続くみそ蔵です。歴史の長さも、規模の大きさも、全体の真ん中くらいなのかなと思います。

人工的な温度管理をせずに、日本の四季の温度変化に合わせてゆっくりみそを熟成させる「天然醸造」という製法を採用していることと、すべてのみそが木桶仕込みであることが大きな特徴で、みそ蔵としては木桶の保有数もトップクラスだと思います。ちなみに、木桶仕込みのみその割合は、国内全体で5%以下しかありません。

──あの大きな木桶が並んでいる蔵の様子はいつ見ても圧巻です。実際に、木桶で作ったみそと金属桶で作ったみそにはどんな違いが表れますか?

野田 : 木桶は微生物の家だと私たちは考えていて、「桶付きの菌」って言うんですが、麹菌や酵母菌、乳酸菌など、様々な菌(=微生物)が活躍して発酵や熟成に影響を及ぼし、みその複雑で深い味わいを生み出してくれるんです。

──注ぎ足しの秘伝のタレじゃないですが、使えば使うほどその木桶にしか出せない味わいが作られていくということですか?

野田 : まさにそうですね。味は微生物のバランスに大きく左右されるので、桶ごとの個性がはっきり出ます。それを桶癖とか、蔵癖とも言うんですけが、蔵ごとにも違いは表れますし、同じ蔵の中でも木桶ごとに味が違ったりもします。

私も木桶仕込みの根本を理解したいと思って、科学的な側面を調べるために専門の機関に持ち込んだこともあるのですが、微生物の数があまりに多すぎるので勘弁してくれって言われてしまったり(笑)

──野田さんは「手前みそのススメ」など、啓発的な活動もされていますが、どういう経緯で始められたのですか?

野田 : みそ料理専門の飲食店を友人とやってわかったことなのですが、みそって世間では本当に正しく知られていなくて、例えばワインに詳しい人の方が体感ではずっと多かったんです。だから、みそをもっと正しく知ってもらうために、4年ほど前から、みそ仕込み教室のようなアプローチを取り入れた活動を始めました。

私たちは、「みそは作るのではなく、育てる」と言っているのですが、発酵・熟成の過程で色や味が変わったり、香りが出てきたりする様子を見守るのは本当に楽しいんですよ。なので、手作りすることへの関心が高まっているいまなら、少しは興味を持ってもらえるかもしれないと考えました。

──その読みが当たり、野田さんのみそ仕込み教室はすぐに満席になる人気イベントになりましたね。どういうところがウケていると思われますか?

野田 : 参加された方へのアンケートによれば、単純に手仕込みすることの楽しさや、発酵食品への興味が理由の大半です。

次に多いのは、安心で安全な食品を求める声です。自分の手で仕込むみそは、大豆と塩と水と米麹しか使わないシンプルな原料なので、例えばお子様に食べさせてあげたいという親御さんは数多いですね。

そしてもうひとつは、私がプロのみそ屋であることです。みそ仕込み教室自体は他にもあるのですが、みそ屋が主体的に教えてくれる場はなかなか珍しいので。

──たしかに、みその専門家に直接教わりながら仕込めるなんて、贅沢すぎます...!

野田 : みそ屋さんは本来みそを作るのが仕事ですからね(笑)そんなみそ屋ならではの特典としては、アフターフォローを大事にしています。みそは教室に参加してその場で完成するわけではなく、お家に持ち帰られた後も安心して発酵・熟成の過程を楽しんでいただきたいので、完成までの期間は、オンラインでサポートさせていただいたりしています。

otemaeでコラボした「手前みそキット」

──そんな背景を踏まえ、お家でも楽しめるキットになったのが、otemaeの「手前みそキット」ですが、そこに至るきっかけは?

野田 : 手前みそ仕込みは、そもそも昔は各家庭で普通にやられていたことなので、もう一度少しでも多くの方に、お家で体験していただけないかなと考えたのがきっかけです。

知識がないと難しいんじゃないですか?ってよく言われるのですが、全くそんなことはありません。小さなお子様を含め、誰にでも挑戦できるかんたんな内容になっています。

──その思いはコースの分け方にも表れていて、初級と中級があるのに上級がないところにメッセージを感じます(笑)初級コースの内容はどんなものですか?

野田 : otemaeの初級コースは、「容器に仕込む」だけの手軽にできるものです。手前みそ仕込みの行程をステップごとに分けて考えると、原料を混ぜ合わせたところまでがうまくできていれば、そのあとで失敗することはまずないんですよね。なので、途中までプロが仕込んだものを、バトンタッチするようなイメージです。

──これなら本当に誰でも楽しめますね。では、中級コースはどういう内容ですか?

野田 : 中級コースには、大豆を潰す、米麹と塩と手で混ぜる、などの実際のみそ仕込みの行程も含まれています。自らの手でやる行程が多く、原料もより具体的に見えるので、楽しさを求めるなら中級コースがオススメです。

──誰が仕込むかによって、味とか仕上がりってどのくらい変わるものですか?

野田 : 全然変わりますよ!仕込む人もそうですし、置いておく場所によっても変わります。同じ東京でも、マンションと日本家屋とでは全然違いますし、部屋によっても環境って違うことも影響します。

みそ仕込み教室のリピーターの方が完成したみそを持ってきてくださるんですけど、同じグループで参加された方同士で見せ合ってみたら、味も色味も、それぞれの仕上がりが全然違うんですよ。

──面白いですね。みんな同じ条件で仕込んだはずなのに、やっぱり仕込む人と熟成させる場所の違いってとても大きいのですね。

道具の職人さんとコラボレート

──「職人の道具シリーズ」の開発でコラボしてくださった職人の方々は、野田さんからのご指名でした。どのように選ばれたのですか?

野田 : まず「職人のクラフト木桶」でコラボいただいたのは、樽職人の久田さん(樽藤容器工業所)です。桝塚味噌で以前からお世話になっていることもあって、私もけっこう無茶な要望をしたりするんですが、それに柔軟に応えてくださる方で(笑)

新しい道具の開発みたいな話って職人さんからは敬遠されがちなんですが、こちらの思いや目的を伝えると、いつも面白がって持てる技術で応えてくださるので、迷わず久田さんを選びました。

──新しい挑戦に付き合ってくださる職人さんは貴重ですね。実際の道具も素晴らしい出来栄えでした。

野田 : そうなんですよ。それにその背景には、昔ながらのやり方を習得されていることに裏打ちされた安心感があります。

先ほども触れましたが、微生物の家となる木桶は、私たちのみそ作りの考え方の根本に関わる重要な存在です。プラ容器など、新しくて手軽なものは色々ありますが、日本の伝統的な木桶の良さも、合わせて楽しんでいただけたら嬉しいですね。

野田 : 「職人のクラフト重石」は、石工職人の千葉さん(犬塚石材本店)に協力いただきました。最初にご相談した時は「はぁ?」みたいな感じで、けっこう強面な感じの方なので怖かったんですけど(笑)

コミュニケーションを重ねていくと、だったらこうしたら面白いんじゃないか、と色々アイデアも出してくださって。シンプルな見た目の重石ですが、実はけっこう無理な要望を聞いていただいているんですよ。

──野田さん、無茶ばっかり言うんですね(笑)

野田 : 千葉さんに辿り着くまでに他所で何度も断られていたこともあって、本当に頭が上がりません(笑)やっぱり石へのプライドが強くあって、知識も技術もすごい方なので、胸を張れる良い物ができました。ご一緒できて良かったですね。

振り返れば昔からあるものを、いまの時代に合わせる

──「手前みそキット」というひとつの形になったことで、新たな広がりも生まれていきそうですね。

野田 : そうあってほしいですね。いま多くの人が求めているものって、振り返れば、実は元々あったものだったりします。それをいまの時代に合わせた提案に変えていければ、その先に何かがあるかもしれないと思っています。

特に、比較的若い世代の方にも届いてほしいですね。普通に生活してると、ちゃんと仕込まれたみそなんてなかなか馴染みがないと思いますし、そこに大きな壁があることは自分も若い頃があったので理解していますが、だからこそ、早いうちに豊かな食体験に触れることの大切さを伝えていきたいなと思っています。

蔵元 桝塚味噌
愛知県豊田市桝塚西町南山6

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