木桶で五十年、
みそ仕込みを続けてほしい
樽職人 久田治加 (樽藤容器工業所)
愛知県にある作業場で日々ものづくりに励み、ひとり淡々と己の限界に挑戦し続けているのは、樽藤容器工業所の久田治加さん。「職人のクラフト木桶」の開発で、otemaeとコラボしていただいた樽職人さんです。

大河ドラマの美術や、飲食店の内装向けの製作が最近は多いとのことですが、本来の使用目的で作られた木桶は、「五十年以上は使い続けられる」と久田さんは言います。そんなお話を深掘りするべく、蔵元 桝塚味噌の四代目でもあるotemaeの野田好成も参加の上で、今回のコラボについてや道具との良い付き合い方なども合わせてインタビューさせていただきました。

ゲスト : 野田好成 ( 蔵元 桝塚味噌 / otemae )
撮影 : 小暮和音 ( CONTRAST
聞き手・編集 : 山本恭輔 ( otemae )

希少化が進む職人の存在

──久田さんのような職人さんって、いま日本にどのくらいいますか?

久田 : 全国に10軒くらいでしょうか。昔は大きかったけど最近は廃業される方も多くて。その影響もあって、遠方からもご注文をいただくようになりました。

特に機械化されているところはコストが掛かるので、経営が苦しくてやめちゃうってことがあって。私のように、一人でやっている方がなんとかなります(笑)

──職人さんお手製の桶や樽は、今後はかんたんに手に入るものではなくなっていくのかもしれないですね。ちなみに、いまはどんな需要が中心になっていますか?

久田 : 最近はテレビの大河ドラマとかで使っていただいたりもしています。機械で作られているものよりも、手作り感の残っている方が好まれるみたいで。他には、飲食店さんの椅子だとか、お土産屋さんに置かれるものとかですね。

──容器としての利用以外の製作依頼も多いのですね。

久田 : 昔は酒樽の需要があって、選挙とかで鏡割りをやってたり、お祭りで振る舞い酒をやっていたりしましたが、いまはかなり減ってしまいました。

本来は酒樽などの様に、中に入れたものが漏れないことが樽の役割なので、そういう容器としての利用が想定された依頼をいただくと、やり甲斐がありますね。

蔵元 桝塚味噌とは先代からの付き合い

──樽藤容器工業所さんと蔵元 桝塚味噌さんは、元々お付き合いがあったんですよね。

野田 : 私の父の代からですね。

久田 : こちらも、まだ私がいない頃からお付き合いがあると聞いています。

──お互いに上の世代同士でやってきたものが、若い世代に引き継がれていくって、なんか良いですね。

野田 : 私の代になってからは、無茶振りが多いんですけどね(笑)

ついこないだも、アイルランドで見てきたウィスキーの樽に着想を得て、みそが出来ていく過程で取れる液体「たまり(みそだまり)」を熟成させるための容器を、日本の木材と木桶技術で作れないかという相談をさせていただいたのですが、久田さんが見事に形にしてくださいました。

久田 : あれはなかなか大変でした(笑)

おかげさまで、otemaeの企画が始まって以降は野田さんとも頻繁に仕事のやりとりをさせていただいていますが、本来は数年に一回とかしかないものなんですよ。みそ仕込み用の木桶ってのはすごく長持ちで、ずーっと使えますから。

野田 : そうなんですよね。うちの蔵には百年モノの木桶があったりするんですが、いまも問題なく使えています。

使えば使うほど、長持ちする木桶

──道具が長持ちするのは素晴らしいことですが、職人さんとしてはちょっとしたジレンマですね。

久田 : でも実は、木桶は使わずにほったらかしにしておくと、すぐに壊れてしまうんですよ。

野田 : 逆に、ちゃんと使っていたら長持ちするんですよね。

──えっ、どういうことですか?

久田 : 桶の中に含んだ水分で木が膨張して突っ張った状態になり、それを箍(たが)で拘束して形を保つという構造なので、使わずにいて桶が乾燥してしまうと、木が縮んで箍がはずれ、結果的に壊れてしまうんです。

──木桶で初めてみそを仕込むときに、予め水に漬けておく必要があるのはそのためですね。最初に試させてもらったとき、水がピューッと漏れて焦りましたが、翌朝には全く漏れなくなっていたのには驚きました。

久田 : 使用前は木が縮んで隙間がある状態になってしまうので、どうしてもそうなるんですよね。

──そういえば、樽と桶はどう違うのですか?

久田 : 中身を運搬したり貯蔵したりするために密閉されているのが樽で、天井がなく密閉されていないのが桶、というのがわかりやすい説明かなと思います。ただ、樽職人と違って桶職人の方は、寿司桶とか、風呂桶とか、御櫃(おひつ)とか、分類が細かく分かれています。

──実はけっこう違うものなんですね。

久田 : そうなんですよ。でもぶっちゃけた話、桶と樽の呼び方はあまり使い分けてないですね。桝塚味噌さんの蔵にある大きい木桶も樽って呼んだりしますし、人によって解釈も違ったり難しいところです。

otemaeでコラボした「職人のクラフト木桶」

──otemaeでは「職人のクラフト木桶」という名目で、一般家庭でも本格的なみそ仕込みができる小さな木桶の開発でコラボさせていただきました。実際に作られてみてどうでしたか?

久田 : 小さいサイズほど作りづらいこともあって、とても難しい仕事でしたね。今回作らせていただいたものは2〜4Lサイズですが、通常は最小サイズが三升(5.4L)なので、これを作れる樽屋さんはなかなかないと思います。ありがたいことに、とてもチャレンジングなプロジェクトだったので楽しめました。

──ひとつ作るのに、どのくらい時間がかかるものですか?

久田 : 一日に三つか四つ、くらいはできるかな。

──あんまり大量に注文をいただくと大変ですね。

久田 : ちょっとこれは規格外なので、どうしても普通より時間が掛かってしまいます。

──otemaeでは食材にかなりこだわってるのですが、道具も負けてないぞということで、何かと無理を聞いていただいてとても感謝しています…!ちなみに、スギの木で作られているのはどうしてですか?

久田 : 日本だと、例えば他の選択肢としてはヒノキがありますが、香りが強すぎるんですよね。スギは香りの問題がないことと、まっすぐ上に向かって生えるので扱いやすいということで選んでいます。木曽や下呂の方の木材市場から仕入れているものですね。

木桶で五十年、みそ仕込みを続けてほしい

──すでにクラフト木桶を使ってくださってる方、これから使ってくださる方に、何か伝えておきたいことはありますか?

久田 : 昔ながらの道具っていうのは、いまみたいにちょっと使って古くなったら交換とかじゃなくって、使い倒すためにあるものです。どんどん色も変わって、風合いが出てきたりするので、使って使って、使い倒していただきたいなと。五十年から七十年は問題なく使えますよ。

──五十年使える道具ってなかなかないですよね…!

久田 : もし壊れてしまっても、お気軽にご相談いただければと思います。修理に持って来られる方は「もうダメだったら言ってね」ってよく仰るんですけど、意外とかんたんな修理で使えるようになることも多いんです。なので、ひとつの木桶で少なくとも五十年、みそ仕込みを続けて欲しいです(笑)

野田 : みそ屋の目線で言えば、木桶での仕込みはやればやるほど、みその発酵・熟成に有用な微生物が住み着いてくれるので、より香りや味わいの深いみそができるようになります。プラスチックの容器だとそうはいかないので、やっぱりみそは木桶で仕込んでほしいですね。

──家電などと違って、木桶とはほぼ一生の付き合いになりそうですね。長く使い続けるための心得みたいなものはありますか?

久田 : やっぱり、道具は使い倒すことに尽きるんじゃないでしょうか。そのために、昔はどの家庭でもやっていたことが三つあります。それは、木桶でお漬物やみそを仕込むこと、刃物を研ぐこと、木のまな板をカンナ掛けすること。これらはどれも道具との長い付き合いに繋がりますし、特に個人的におすすめなのは包丁を研ぐことで、とても面白いので、みそを仕込む方には是非やってみてもらいたいですね。

樽藤容器工業所
愛知県名古屋市緑区大根山2-202

Related